冷たい冬の風が、閉ざされた窓の隙間から古びた官舎の小さな台所へと容赦なく吹き込んでいた。食卓には、かつて温かな湯気を立てていたであろう肉じゃががすっかり冷めきり、白い脂を浮かべて放置されている。
「さっさと判を押せ。お前のような無能な田舎者が、俺の輝かしい経歴の隣に似合うとでも思っているのか」
陸上自衛隊・一等陸尉の佐藤賢治は、ひどく乾いた声で吐き捨て、離婚届を食卓へ乱暴に投げつけた。
彼の瞳には、十年間連れ添った妻への情など微塵もなく、ただ己の果てしない野心だけがギラギラと燃え盛っていた。 夜勤明けの疲労が色濃く残る中村彩子は、雨に濡れた灰色のウィンドブレーカーを着たまま、静かにその紙切れを見つめていた。
「早く出て行きなさいよ、このお荷物が! 来週には連隊長のお嬢様、由美さんがご挨拶にいらっしゃるんだから!」
義母の義恵も、あからさまな侮蔑の言葉を投げつける。 賢治は、自身の直属の上官である山田一佐の娘・由美と再婚し、自身の出世街道を確固たるものにする腹積もりだった。彩子が夜な夜な持ち帰る複雑な書類仕事の意味や、彼女の給料がこの家の生活費と義母の薬代のすべてを支えていたことなど、彼の傲慢に濁った目には一切映っていなかった。
彩子は弁明すらしなかった。ただ、亡き父の形見である古い万年筆を取り出し、一切の躊躇なく離婚届に署名した。
「本当にこの道を行くのですね。世の中のすべての選択には、相応の対価が伴うものです」
去り際、彩子が残した冷たく鋭い視線に、賢治は一瞬背筋を凍らせた。しかし、すぐに鼻で笑い、彼女の忠告を「負け犬の遠吠え」として切り捨てた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=mckkt01faF4,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]