高速道路のサービスエリアで車に轢かれた。トイレに行こうと駐車場を横切っていた、ただそれだけの状況だった。時速40kmほどで突っ込んできた車に、俺の体は宙を舞ったという。
そこからの記憶は、一切ない。
次に気がついた時、俺は病院のベッドの上だった。
隣で泣きはらした顔をしていた妻が語ってくれた事故直後の俺の行動は、にわかには信じがたいものだった。
俺はすぐに起き上がると、まるで鬼のような形相と、想像を絶する腕力で、車から運転手だった若者を無理やり引きずり降ろし、一方的に鉄拳制裁を加えていたというのだ。
その常軌を逸した俺の様子に恐怖を感じた妻が、警察と救急車を呼んだらしい。その間も俺は、意味不明な呪文のようなものを唱えながら、骨折しているはずの足で走り回っていたという。

後日、病院でその話を聞いた俺は、自分の身に起きたことが恐ろしくなった。先生に原因を尋ねると、人間の脳は極度の苦痛から逃れるために「脳内〇薬」と呼ばれる物質を異常に分泌することがあり、その影響で常軌を逸した行動を取る人がごく稀にいるのだと教えてくれた。
両足骨折、外陰部損傷、肩甲骨骨折。それが、俺が負った実際の怪我だった。
むしろ覚えていなくてよかったのかもしれないと、今は思っている。