その湯気は、時に非難の的となった。
「税金の無駄だ」。災害現場で黙々と食事を作り続ける自衛隊の炊き出しに、そんな心ない声が投げかけられることがあった。一度に200人分を調理できる巨大な「野外炊具1号」は、平時を知る者たちの目には、まるで移動レストランのように映り、その光景が「遊んでいる」と揶揄されることさえあった。
しかし、その湯気の向こう側には、全く違う現実が広がっていた。
凍える避難所。不安と疲労で色を失った顔、顔、顔。その絶望の淵に、彼らは現れる。手にした一杯の、温かい味噌汁が手渡される瞬間、魔法が起きる。
「生き返った気がする」
冷え切った指先にじんわりと伝わる熱。空っぽの胃に染み渡る優しい味。それは、単なる食事ではなかった。絶望の中で忘れかけていた「日常」の温かさであり、心を温める、希望そのものだった。
鍋の前に立つ隊員の顔は、真剣そのものだ。アレルギーを持つ子供が安心して口にできるよう、成分表示を掲示する細やかな配慮。立ちのぼる湯気の向こうで、久しぶりに笑顔を取り戻す子供たち。
やがて、街に少しずつ日常が戻り始め、地元の飲食店が再開すると、彼らは静かに幕を閉じる。
誰に感謝を求められるでもなく、次の任務へ向かうために。
「税金の無駄だ」と揶揄した声は、いつしか消え、感謝の言葉に変わっていた。彼らが炊き出していたのは、食料ではない。人々の明日を支える、希望だったのだ。