山形県の山間にある小さな村。田畑と松林に囲まれた静かな集落で、七十二歳の佐藤太郎は、退職後の穏やかな日々を送っていた。
午後二時過ぎ、木造の家の縁側に座りながら、太郎は新聞を広げていた。庭には秋田犬の熊が横になり、主人の足元で静かに寝息を立てている。
鉄道会社で四十年以上働いた太郎にとって、仕事を辞めてからの七年間は、何もない平凡な毎日だった。
「熊、今日も静かな一日だな」
太郎が声をかけると、熊はゆっくりと目を開け、尻尾を小さく振った。
三年前、妻の花子を亡くしてから、この家に残されたのは太郎と熊だけだった。
一人息子の大地は東京で銀行員として忙しく働き、妻の入倉静香と息子の春人も、盆や正月にしか帰ってこない。
そんな太郎にとって、その日は少し特別な日だった。
義理の娘である入倉静香が、久しぶりに家を訪ねてくる予定だったのだ。
「三時頃に来ると言っていたな」
太郎が時計を見ると、熊が突然耳を立てた。
熊は村でも有名な賢い秋田犬だった。人の気配や異変を誰より早く感じ取ることで知られていた。
太郎はそんな熊の反応をいつも信頼していた。
しばらくすると、遠くから車の音が聞こえてきた。
熊は勢いよく立ち上がり、門の方へ向かった。
しかし、いつものように嬉しそうに尻尾を振ることはなかった。
むしろ、低い唸り声を漏らしながら、警戒するように立ち止まった。
「どうした熊? 知っている人だぞ」
車から降りてきたのは、入倉静香だった。
四十代になった静香は、いつも清楚な服装で、穏やかな笑顔を浮かべている女性だった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=0mKXOkrea9g,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]