夫が私に向かって「離婚しよう」と言い放ったのは、夕食の皿を片づけている最中だった。声は妙に弾んでいて、勝ち戦の人間特有の軽さがあった。
「家計の主の命令は絶対! 離婚しよう!」
私は手を止め、夫の顔を見た。夫の背後には、見覚えのない女が立っていた。派手すぎないのに、どこか人を見下す目。愛人だと分かるのに十分だった。
「私と暮らす。
お前はもう不要だ。家は俺が使う。ローンもあるし、出て行って」
夫は“家計の主”という言葉を盾にしていた。私が黙って家計を回し、ローンを落とし、税金や保険を整え、生活を崩さないよう支えてきたことを、まるで自分の手柄のように誤解している顔だった。
私は怒鳴らなかった。泣きもしなかった。心の底で、静かに結論が固まっただけだ。
「分かった。離婚するから、お好きにどうぞ」
夫と愛人が同時に「え?」という顔をした。揉めると思っていたのだろう。私が抵抗し、縋り、条件を下げてくると信じていたのだろう。
私はその夜、淡々と手続きを進めた。弁護士に連絡し、必要書類を整理し、支払いの流れを確認した。住宅ローン、車のローン、カードの分割、保険料。
名義、引き落とし口座、契約者。すべてが“私が管理していた事実”として残っている。
そして私は、できるところから名義変更と支払い口座の切替を進めた。正確には、私が契約者になっているものは私の管理下に戻し、夫名義のものは夫側へ戻しただけだ。家計の主を名乗るなら、主らしく自分で払えばいい。私は夫の生活の裏方ではない。
翌日、インターホンが乱暴に鳴った。
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