授業参観の日は、朝から空気がそわそわしていた。子どもが新しいノートを抱え、玄関で靴を履きながら「来てね」と念を押す。私も夫も、普段より少しだけ背筋が伸びる。親として見られる日だと分かっているからだ。
夫は珍しく平日休みを取っていた。仕事柄、出勤と休日が一般的な会社員と少し違う。けれど、それをわざわざ説明する必要はないと思っていた。
参観に行く目的は、子どもの頑張りを見ること。それだけで十分だ。
教室の後ろに保護者が並び、先生の声が響く。鉛筆の音、ページをめくる音。息子は小さな背中で一生懸命手を挙げ、当てられると少し照れた顔で答えていた。私は胸が熱くなり、夫も隣で静かに頷いていた。
その時だった。廊下側から、わざと聞こえる声がした。
「まあ、夫婦そろって授業参観? 休みの取れるお仕事は気軽でいいわねw 無職かしら?w」
ボスママ――この学年で何かと中心にいる母親が、こちらを見て笑っていた。周囲の何人かが気まずそうに目を逸らす。私は一瞬だけ息が詰まった。反論して空気を荒らしたくない。けれど黙れば、息子の前で夫が貶される。
夫は表情を変えなかった。むしろ、相手を見るでもなく、息子の方を見ていた。けれど息子は、その声をしっかり聞いていたのだろう。授業の合間、振り返って私たちを見ると、いつもの無邪気さで大きく頷いた。
「うん! パパは今日はお休み。明日からフライトでパリなんだ!」
教室の空気が、目に見えて変わった。
「パリ?」と小さな声があちこちから漏れ、何人かの保護者が一斉に夫の方を見る。
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