夫に愛人がいると知ったのは、偶然ではなく必然だった。スマートフォンの画面に浮かんだ短い通知。消し忘れたメッセージ。深夜の通話履歴。点が線につながった瞬間、胸の奥が静かに冷えた。怒りより先に、生活の音が止まり、現実だけが重く沈んだ。
私は問い詰めなかった。証拠を集め、弁護士に相談し、必要な書類を整えた。感情で動けば相手の思うつぼになる。
そう自分に言い聞かせた。夫はいつも通りに振る舞い、家では優しい夫を演じ続けた。けれど、私の中ではすでに結論が固まっていた。離婚する。迷いはなかった。
離婚届に夫の署名をもらうまでが難関だった。私は淡々と、事実と証拠を示した。夫は最初、笑って誤魔化したが、次第に顔色が変わった。最後には「一度の過ちだ」と言い訳を並べた。私は静かに首を振った。
「過ちを重ねたのはあなたです。私は、もう戻りません」
その夜、義母に連絡がいったのだろう。翌朝、私は台所で湯を沸かしている時に、玄関のチャイムを聞いた。義母は予告もなく上がり込み、私を見るなり、冷たい声で言った。
「引っ越しまだ?」
まるで私が悪いことをしたかのような口ぶりだった。
夫の裏切りが発覚したのに、責められるのは私。胸の奥で何かがはじけそうになったが、私は表情を崩さなかった。湯気の上がるやかんを見つめたまま、淡々と返した。
「30分後に消えます」
義母は鼻で笑った。「口だけじゃないでしょうね。息子がかわいそうだわ」そう言い残し、居間にどっかり座る。私は返事をしなかった。言葉を交わせば、余計に消耗するだけだと分かっていたからだ。
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