1980年代の華やかな芸能界の裏で、ひとりの女優が深い悲しみと運命の巡り合わせに翻弄されていた。山本陽子。生涯結婚はせず、しかしその人生には、愛する人を失った痛みが影を落としていた。その一人が沖田浩之である。二人の年の差は21歳。確かに深い愛情を育んでいた二人だったが、芸能界の闇がその関係を容赦なく引き裂いた。
沖田浩之は1963年1月7日生まれ。
青山学院大学経済学部で学び、原宿の歩行者天国で踊る竹の子族として注目を浴び、スターダストにスカウトされる。1981年、TBS系「3年B組金八先生」の第2シリーズにレギュラー出演。デビュー曲「いい気持ち」は40万枚を売り上げ、歌手としても成功を収める。しかし、その後の活動には異変が生じた。音楽番組への出演はほぼ禁止され、ジャニーズ事務所からの圧力が囁かれたのである。沖田は自ら個人事務所を設立し、俳優へ転向する道を選ぶも、活動は決して順風満帆ではなかった。
さらに沖田を取り巻く運命は過酷だった。1996年9月、父が首を吊り自ら命を絶つ。翌年、母も癌で他界。沖田自身、兄の会社の連帯保証人となっており、多額の借金も背負っていた。
こうした家族の死と経済的圧力が重なり、1999年3月27日、36歳の若さで沖田は自ら命を絶った。家族全員が相次いで亡くなるという悲劇の中で、芸能界の闇、ジャニーズ事務所と暴力団との関わりが浮上する中、彼の死は決して偶然ではなかったとされる。
一方、山本陽子との関係も波乱に満ちていた。1983年、ドラマ「愛をさけますか」で教師役の山本と、生徒役の沖田は共演。
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