二〇二五年現在、ソウル中心部の一等地に、奇妙な空白が残されている。周囲には高層ビルが並び、人と車が絶えず行き交う。だが、その一角だけはフェンスに囲まれ、雑草が伸び放題のまま放置されている。
そこは、かつて日本大使館が建っていた場所だった。
なぜ、日本の外交拠点がこんな姿になったのか。発端は二〇一一年十二月、日本大使館の正面に慰安婦を象徴する少女像が設置されたことだった。日本側は「外交公館の威厳を守る義務に反する」と韓国政府へ抗議したが、韓国側は「民間団体が行ったこと」として撤去に動かなかった。
さらに翌年七月、反日感情を抱いた韓国人男性がトラックで日本大使館の正門に突入する事件が起きる。日本側から見れば、これは外交施設への明確な攻撃だった。しかし、韓国政府の対応は十分とは言えず、日本側の不信感は一気に深まっていった。
同じ頃、日本大使館の建物は老朽化が進み、建て替えが必要になっていた。日本側は二〇一二年、地下三階・地上六階建ての新大使館建設を申請する。ところが韓国側は、景福宮周辺の景観保護を理由に難色を示した。周囲にはすでに高層ビルが建ち並んでいたにもかかわらず、日本大使館だけが厳しく制限されたのだ。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=w0xUDzXR58k,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]