千九百八十年のデビュー以来、松田聖子はただのアイドルではなかった。可憐な笑顔、甘い歌声、そして誰よりも強い自己演出力。その裏側を、長年多くのスターと共演してきた研ナオコが語った言葉は、あまりにも鋭かった。
「トップに立つ人は、どこかプッツンしているのよ」
それは悪口ではない。むしろ、普通の感覚だけでは耐えられない芸能界の頂点を走り続けるために必要な、異常なほどの覚悟を指していた。
研ナオコによれば、松田聖子はテレビの前でも裏側でも、常に“松田聖子”だったという。いじられても崩れず、困っても笑顔で返し、必要な時には涙さえ武器に変える。郷ひろみとの交際が報じられた時も、取材陣の前で「一人の男性として好きです」と涙ながらに語り、世間を一気に引き込んだ。
しかし、その後の破局会見では「生まれ変わったら一緒になろうね」と名言のような言葉を残した直後、神田正輝との交際が報じられる。
悲劇のヒロインのように見えた会見の裏で、別の恋が進んでいたのではないか。そんな憶測が一気に広がった。
千九百八十五年、松田聖子は神田正輝と結婚。翌年には長女・神田沙也加が誕生し、母となった聖子は“ママドル”として新たな道を歩み始めた。だが、華やかな家庭の裏側では、少しずつ亀裂が深まっていた。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=JFUwA7V1Arc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]