父が他界したのは、冬の終わりだった。病室の窓は曇り、消毒液の匂いだけが妙に鮮明に残っている。私の手を握る母の指は冷え切っていた。父は静かに目を閉じ、最後まで私たちに「すまない」と言い続けた。
葬儀が終わり、親戚が帰り、家が急に広くなった頃、現実が押し寄せた。借金だ。父の名義で積み上がっていた負債は、想像以上だった。母は何度も書類を読み返し、目の焦点が合わなくなっていた。
私は母の肩を抱き、「大丈夫、私も一緒に考える」と言ったが、私自身も胸の奥で恐怖が渦を巻いていた。
その一方で、兄は違った。
父の遺品整理の最中、兄は封筒の束を投げるようにテーブルへ置き、母に向かって吐き捨てた。
「結局こうなるんだよ。父さんの尻拭いまで俺がやるのか」
母は震える声で答えた。「お父さんも、こんなつもりじゃ……」
兄は鼻で笑った。
「そんな言い訳いらない。こっちは家庭もあるんだ。……この貧乏人が」
その言葉が、部屋の空気を切り裂いた。母の表情が固まり、私の体の芯が熱くなった。止めようとしたが、兄はさらに続けた。
「今後は一切関わらない。母さんとも絶縁だ。連絡してくるな」
母は何も言い返さなかった。言い返せるはずがない。夫を失い、突然借金を背負わされ、息子から絶縁を突きつけられたのだ。あの瞬間、母の背中が一気に小さく見えた。
兄はその場で荷物をまとめ、玄関で最後に言った。
「俺は“まともな生活”を守る。巻き込むな」
ドアが閉まった後、母はしばらく動けなかった。
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