姉の家の前を通りかかったのは、たまたまだった。買い物帰りに近道をしただけ。けれど、門扉の隙間から見えた光景に、私は足を止めた。
庭の隅。犬小屋の前に、六歳の甥が小さく座っていた。隣には中型犬のポチ。甥は膝を抱え、肩をすぼめ、ひとりで空を見ている。まるで「ここが自分の居場所だ」と言わされているみたいに。
私は慌てて門を開け、駆け寄った。
「何やってるの!? こんなところで!」
甥はびくっと震え、私を見上げた。泣いていない。泣かないように必死で堪えている顔だった。
「……みんなは旅行に行くから。今日はポチと寝なさいって」
その言葉が、胸の奥に冷たい針を打ち込んだ。みんな。つまり、姉夫婦と姉の子どもたち。甥だけが置いていかれたのだろう。犬小屋で犬と一緒に寝ろと言われて。
「家の中は?」
「鍵かかってる……。お姉ちゃんたちは新しい服着て、車に乗ってった」
甥は笑おうとして、失敗した。喉がひくひく動く。目の端に涙が溜まっているのに、落とさない。
私は一度だけ深く息を吸った。怒鳴っても意味がない。
甥に恐怖を上乗せするだけだ。私はしゃがみ込み、できるだけ明るい声で言った。
「なるほど。分かった」
甥が不安そうに私を見る。
「……怒らないの?」
「怒るよ。でも、怒る相手が違う。あなたじゃない」
私は甥の手を取り、指先の冷たさを確かめた。日が落ちればもっと冷える。ここで一晩など論外だ。
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