娘の出産予定日はまだ先だと思っていた。だから病院からの連絡を受けた瞬間、私は一瞬だけ現実感を失った。けれど次の瞬間には、胸の奥が熱くなっていた。初孫。あの子が母になり、私たちが祖父母になる。長い時間を超えて、家族の物語が新しい章に入るのだと思うと、足が勝手に動いた。
分娩室の前の廊下は、妙に白くて、時計の秒針だけが強く響いていた。
夫は落ち着かない様子で何度も立ったり座ったりし、私は手のひらの汗をハンカチで拭きながら、ただ祈るように待っていた。娘の夫が青い顔で壁に背をつけている。看護師が慌ただしく行き来し、時折ドアの向こうから短い指示が聞こえる。
そして――。
赤ん坊の産声が、はっきりと廊下に届いた。
その瞬間、私は目の奥が熱くなった。胸がいっぱいで、うまく息ができない。娘の夫は膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込み、何度も「ありがとうございます」と呟いていた。私も、ただ両手を合わせた。生まれた。無事に、生まれたのだ。
ところが次の瞬間だった。
夫が突然、私の腕を掴んだ。
「もう行くぞ!」
その声は、喜びではなく焦りに満ちていた。
私は驚いて夫の顔を見た。頬が強張り、目が異様に鋭い。夫は踵を返し、そのまま廊下を駆け出した。私は理解が追いつかないまま、荷物を掴んで後を追った。
病院の自動ドアが開く。夜風が頬を打つ。夫は躊躇なく駐車場へ走り、車のドアを乱暴に開けて飛び乗った。私は息を切らしながら助手席に滑り込む。
「何があったの? 娘は? 赤ちゃんは? 今、産声が――」
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