産後の身体は、想像していた以上に重かった。骨の内側がまだ熱を持っているようで、息を吸うたびに腹の奥が鈍く痛む。けれど、赤ん坊の寝息が胸元で規則正しく揺れているのを感じるだけで、私は「帰ってきた」と思えた。家に帰れば、少なくとも安心できる——そう信じていた。
玄関の鍵を開けた瞬間、その確信は音を立てて崩れた。
廊下に、見覚えのないスーツケースがいくつも並んでいた。
段ボール、子ども用の衣装ケース、玩具の入った透明ボックス。靴も二足、いや三足。小さなスニーカーが紛れているのを見た瞬間、背中に冷たいものが走った。
リビングから笑い声が聞こえる。女の声。子どもの声。夫の声。
私は赤ん坊を抱えたまま、ゆっくりと足を進めた。リビングのカーテンは開け放たれ、見慣れたソファには見知らぬ女が座っていた。隣には小学校低学年くらいの子ども。夫は、私の目を見ずに言った。
「帰ってきたのか。……話がある」
女は視線を逸らし、子どもは私を不安そうに見上げた。私は胸の奥で、何かが静かに折れる音を聞いた。
「その荷物、どういうこと」
夫は一度だけ唇を噛み、開き直るように言った。
「事情がある。しばらくここで暮らす。……それと、お前の部屋はねぇ。子ども部屋になった」
言葉の意味が、脳に届くまで数秒かかった。私の部屋。私が仕事の資料を積み上げ、深夜にパソコンを開き、妊娠中も体調を見ながら働いてきた場所。産後の身体で休むつもりだった場所。それを“ない”と決めつけられる。
私は怒鳴らなかった。泣き崩れもしなかった。
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