玄関のチャイムが鳴ったのは、夕食の支度を終えた頃だった。煮物の匂いが台所に満ち、鍋の蓋を閉めた瞬間、胸の奥に嫌な予感が走った。夫は帰宅の連絡をしない日が増えていた。だが、まさか――その「まさか」が、扉の向こうに並んでいるとは思わなかった。
ドアを開けた瞬間、空気が変わった。
夫の隣に、派手な化粧の女。そして、その後ろに子どもが三人。
年齢はバラバラで、まだ幼い。手には小さなリュック。目は落ち着かず、状況を理解していない顔をしている。私は言葉を失った。夫はいつものように、先に結論だけを投げつけた。
「今日からここで暮らす。……で、お前とは離婚だ」
女が勝ち誇ったように口角を上げる。
「悪いわねぇ。私たち、行くところがなくて」
私は一度、呼吸を整えた。怒鳴り声は喉の手前まで来たが、そこで止まった。怒鳴れば相手の土俵に上がる。泣けば、私が負けた物語になる。私は目の前の三人の子どもを見て、いちばん先に思ったのは「この子たちだけは巻き込まれている」という事実だった。
夫は靴を脱ぎながら、さらに言った。
「家政婦になるなら、居てもいい。家事は今まで通りやれ。俺たちは夫婦として暮らす。お前は裏方だ」
女は肩をすくめるように笑った。
「ね? あなた、まだここに居られるんだから感謝しなさいよ」
その瞬間、私の中で何かが静かに固まった。悲鳴でも怒りでもない。結論だ。
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