雨上がりの歩道は、薄い水膜が残り、街灯の光を鈍く映していました。臨月の私は、腹部を支えるように片手を添え、もう片方で買い物袋を握りしめながら、ゆっくりと駅前を歩いていました。息が少し上がるだけで不安になる時期です。だからこそ、無理をしない。焦らない。そう決めていたのに――背後から聞こえた軽い笑い声が、すべてを崩しました。
「まだ歩けるんだ。しぶといね」
振り向くより先に、私の足元へ何かが差し込まれました。小さな力。けれど、重心が崩れるには十分でした。身体が前に倒れ、手のひらが地面に当たり、腹部に嫌な衝撃が走る。次の瞬間、温かい感覚が下半身に広がり、私は息を呑みました。
破水――その言葉が頭の中で響くより先に、視界に入ったのは、見覚えのある女の顔でした。夫の社内の“同僚”。夫が「ただの部下だ」と繰り返し、私が苦笑いで見過ごしてきた相手。今は、勝ち誇ったように口角を上げていました。
「やった。ほら、見て。ちゃんと壊れた」
私は呼吸を整えようとしましたが、胸が締め付けられ、声が出ません。女は、私の耳元に屈み込み、わざと聞こえるように言いました。
「お前も、お腹の子も消えなw」
ぞっとしました。寒さではなく、人の悪意の温度で背骨が冷えるというのは、こういう感覚なのだと知りました。
そのとき、少し離れた場所から、焦った声がしました。
「何してる! ……嫁ならここに……」
夫でした。スーツ姿で駆け寄ってきて、私を見るなり言葉が詰まったように見えたのは一瞬だけ。次に夫が視線を向けた先は、私ではなく女でした。
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