盆休み明けの月曜日、午前7時42分。
いつもの電車に乗った直後、閉まりかけたドアへ突然、男が足を差し込んだ。
「待て! まだ連れが来てないんだよ!」
駅員がすぐにドアを開け直し、危険だからやめるよう注意した。
ところが男は謝るどころか、ホームの階段を指さした。
「あと少しで来るんだから待てばいいだろ!」
電車は個人の待ち合わせ場所ではない。
それでも男はドアの前から動かず、駆け込んできた友人を乗せると、何事もなかったように座席へ座った。
ようやく発車すると思った、そのときだった。
駅員が再び車内へ入り、男に降りるよう求めた。
安全確認と事情聴取が必要だという。
「もう乗ったんだからいいだろ!」
男は大声を上げ、スマートフォンを駅員へ向けた。
「強制的に降ろしたら動画を公開するぞ!」
車内に重い空気が流れた。
盆明け最初の出勤日。
乗客たちは時計を見ながら、ため息をついている。
すでに電車は10分以上止まっていた。
駅員は感情的にならず、車内カメラとホームの防犯カメラに一連の行為が記録されていると説明した。
それでも男は腕を組み、座席から動こうとしない。
数分後、車内放送が流れた。
「お客様対応のため、運転を見合わせております」
この一言で、周囲の視線が一斉に男へ向いた。
男は友人に小声で「俺のせいじゃない」と言ったが、近くにいた女性が静かに口を開いた。
「私たち、最初から全部見ています」
別の会社員も続いた。
「ドアへ足を入れたのも、駅員さんの指示を無視したのも、この人です」
やがて警察官2人が到着した。
男は警察官にも「駅員が大げさにした」と訴えた。
しかし、防犯映像には、閉まりかけたドアへ故意に足を差し込み、何度も降車要請を拒む姿がはっきり残っていた。
目撃した乗客も、その場で状況を説明した。
言い逃れできないと悟った男は、ようやく顔を伏せた。
「こんな大ごとになるとは思わなかった……」
男は警察官に付き添われて降車し、駅事務室へ連れていかれた。
友人も無言で後を追った。
電車は23分遅れで運転を再開。
鉄道会社は後日、男の行為について警察へ正式に相談し、運行妨害によって生じた損害への対応も検討すると発表した。
遅延証明書はもらえた。
それでも、数百人の大切な朝は戻らない。
たった1人の「少しくらい待て」という身勝手が、何本もの電車と大勢の予定を狂わせる。
警察官が男を連れていった瞬間、誰も拍手はしなかった。
ただ、車内の全員が同じように深いため息をついた。
「盆明け早々、本当にふざけるなよ」と。
※画像から着想した創作です。