夫が長期出張に出た初日、私はいつもより早く起きて、洗濯機を回し、冷蔵庫の中身を確認していた。夫がいない間は何かと不便が出る。だからこそ、段取りだけは崩さないように――そう思っていた。
午前十時を少し過ぎた頃、インターホンが短く鳴った。画面に映ったのは義母。そして、その横に車椅子の義父がいた。義父は寝たきりになって久しい。
外に出る姿を見たのは、ここ数年で一度もない。
嫌な予感が背筋を走った。
ドアを開けると、義母は挨拶もなく、勝ち誇ったような笑いを貼り付けた。
「お前がこのジジイの面倒見な。嫌なら離婚させるわ。うちの息子に迷惑かける嫁はいらないのよ。分かった?」
義父は車椅子の背にもたれたまま、目だけが静かに動いた。弱っているはずなのに、その視線には妙な鋭さがあった。
私は一瞬、言葉を失いかけた。夫の出張初日を狙ったのは明らかだ。こちらが助けを求めにくいタイミングを選び、拒否すれば「嫁失格」と騒ぐ算段なのだろう。
けれど、私は深呼吸して笑顔を作った。
「わかりました」
義母の口角がさらに上がる。
「はあ? あっさりね。
まあ、賢いじゃない。じゃ、よろしく。介護は当然よ。家族なんだから」
家族。便利な言葉だ。責任だけ押し付けるときにだけ使われる。
義母は義父の車椅子を乱暴に玄関に押し入れ、私の顔を覗き込むようにして言った。
「逃げるなよ。毎日写真送れ。ちゃんと世話してるか監視するから」
言い終えると、義母は私の返事も待たずに踵を返し、まるで荷物を置き配したかのように去っていった。
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