夏休みの義実家は、昼間はにぎやかなのに、夜になると急に音が消える。蝉の声が途切れ、風が障子をかすめる音だけが残る。私は子どもたちを寝かしつけ、ようやく布団に潜り込んだ。夫も隣で寝息を立てていたはずだった。
――深夜二時。
肩を強く揺さぶられて目が覚めた。目の前に夫の顔が近い。月明かりで見えるその表情は、恐ろしいほど青白かった。
「静かにしろ。今すぐ起きろ」
耳元で囁く声が震えている。
「え……どうしたの?」
私が反射的に言い返そうとした瞬間、夫は口元に指を当てた。
「声を出すな。すぐ車に乗れ」
布団の外は冷えていた。夏なのに、背筋がぞくりとした。私は言われるがまま足を動かした。義実家の廊下を歩く。床板が鳴りそうで、息を止める。夫は私の腕を掴み、玄関まで引くように進んだ。
靴を履く手が震える。外へ出ると、空気が湿り、庭の匂いが濃い。夜なのに、妙に重い。夫は鍵を乱暴に回し、車へ向かった。後ろも見ず、ただ早足。
車に乗り込むと、夫はエンジンをかけた。
ライトは点けない。私が「どうしたの」ともう一度聞こうとした瞬間、夫の声が噛みつくように飛んできた。
「絶対に後ろを振り返るな」
胸が詰まった。意味が分からない。でも、夫の手の震えが、質問の余地を奪った。夫はアクセルを踏み込み、暗い道へ滑り出した。ハンドルを握る指は白く、視線は一点に固定されている。まるで、後ろから何かに追われているようだった。
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