義母からの電話は、こちらの都合を一切挟ませない勢いだった。
「里帰り出産で長男夫婦が引っ越してくるの。だから、あなたは明日までに出ていきなさい」
一瞬、耳を疑った。ここは私と夫が暮らす家だ。しかも家賃は月60万円。支払っているのは――私。夫は「今は仕事が不安定だから」と言って、生活費も家賃も“いったん”私持ちになっていた。
いったん、のはずだった。
「えっと……それ、夫さんは知ってるんですか」
そう聞くと義母は、当然のように言い放った。
「知ってるわよ。家族なんだから助け合うのは当たり前でしょう。あなたは次男の嫁なんだから、身の程をわきまえなさい」
電話が切れたあと、私はしばらく動けなかった。悔しいより先に、呆れが来た。話が通じない相手に、正論をぶつけても消耗するだけだ。
だから私は、翌朝いちばんに引越し業者へ電話をかけた。
「はい。見積もりじゃなくて、最短で。トラック最大でお願いします。家具家電、全てで!」
受話器の向こうが一瞬黙った。
「ぜ、全て……ですか?」
「はい。冷蔵庫も洗濯機もベッドもソファも、カーテンも照明も。
動かせるものは全部。あと、段ボールは多めにください」
私は淡々としていた。感情は、作業の邪魔になる。必要なのは“撤退”ではない。“回収”だ。支払っているのは私で、買ったのも私。置いていく理由がない。
当日、業者が来ると部屋はあっという間に解体された。テレビ台が消え、ソファが消え、冷蔵庫が運び出されるたび、空間が音を失っていく。
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