55歳のフランス人パン職人ジャン=ピエールは、東京の下町で小さなベーカリーを営んでいた。石窯の温度、発酵の秒数、バターの香りの立ち上がりまで、すべてが彼の誇りだった。だが誇りだけでは店は続かない。通りを挟んだ向かいに大型チェーンができてから、客足は目に見えて減った。朝の開店時刻に鳴るはずのドアベルは、最近では昼過ぎまで沈黙したままだ。
家賃の支払い日が近づくたび、胸の奥が冷たくなる。廃業という言葉が、粉塵のように店内に漂い始めていた。
そんな折、求人票を見て面接に来たのが日本人のアルバイト、佐藤遥だった。年齢は二十代半ば。黒い髪をきちんと結び、手帳を胸に抱えて「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。ジャン=ピエールは一瞬だけ迷った。彼は職人だ。パンの世界に、余計な理屈は要らない。だが、店を回すには人手が足りなかった。何より、彼の日本語は片言で、近所の客と長く話すのが難しい。彼は静かにうなずき、「明日、朝六時」とだけ告げた。
翌朝、遥は約束より十分早く来た。店のシャッターを開ける前から、既に手袋を準備し、掃除用具の置き場所まで確認していた。
ジャン=ピエールが仕込みに入ると、遥はレジ周りの導線を見て、商品の並べ方を変えた。売れ残りが目立つ棚を低くし、香りが強いクロワッサンを入口付近に置く。さらに、手書きの小さな札を添えた。「本日の焼き上がり」「外はパリッ、中はしっとり」。短い言葉なのに、不思議と目が止まる。
その日、昼前に一人目の客が足を止めた。次に二人、三人と増えていく。
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