家賃二十六万円のタワーマンションに引っ越したのは、結婚して間もない頃だった。眺めの良い高層階、共用ラウンジ、宅配ボックス。外から見れば「順風満帆な新婚生活」にしか見えないだろう。だが、玄関の鍵が閉まるたび、私は呼吸が浅くなる。理由はひとつ。義母と同居しているからだ。
同居の条件は、夫が持ちかけた。「母さん、体が弱いから」「家賃も高いし、三人で住めば安心だろ」。
私は迷った。けれど、夫の言葉はいつも“正しい顔”をしていて、反論するほど自分が冷たい人間に思えた。だから頷いた。
ところが始まったのは、安心どころか監視だった。
冷蔵庫の中身、洗剤の銘柄、私の帰宅時間。何もかもに義母の評価がつく。洗濯物の畳み方が違えばため息。味付けが薄ければ露骨に箸を置く。私が黙って耐えるほど、義母の声は大きくなった。
「あなた、何しにここへ来たの」
「息子の足を引っ張るのはやめて」
「その服、だらしない。恥ずかしいわ」
夫に訴えても、「母さんも悪気はない」「うまくやってよ」で終わる。
私だけが努力を要求され、私だけが譲歩を重ねた。気づけば、マンションの広さが私を逃がさない檻みたいに感じられた。
決定的だったのは、ある夜だった。夫の給料日直後。義母が家計の話を始めた。
「あなたたち、今月も家賃大丈夫なの?」
私は言葉を選びながら答えた。「私も出してます。今月もちゃんと——」
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