祖母の葬儀が終わった翌週、私は実家の相続手続きを進めていた。築年数は古いが、手入れの行き届いた木造の家。南側には小さな庭があり、春になれば椿と梅が順番に咲く。幼い頃、縁側で祖母と並んで日向ぼっこをした記憶が、ふと胸を温めた。
相続人は私ひとり。父も母も早くに亡くし、祖母が最後まで守ってくれた家だ。書類に署名し、法務局の登記が整ったとき、私はようやく肩の力が抜けた。
ところが、その晩だった。
夕食の片付けを終えた私に、夫が妙に軽い口調で言った。
「ねえ、実家って庭あるよね。そこにさ、妹と甥が住む家を建てて、敷地内同居しようよ」
一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。夫の妹、つまり義妹は離婚して実家に戻り、今はアパート暮らしで家賃が厳しいと聞いている。甥はまだ小学生。事情は分かる。だが――私の祖母の家の庭に、義妹の家を建てる?
「……どうして、私の実家に?」
「だって広いし。家も古いんでしょ? 敷地を有効活用したらいいじゃん。妹も助かるし、僕らもいずれ実家に住めばいい」
“僕ら”という言葉が妙に引っかかった。
まるで最初から、実家が夫の持ち物であるかのような響きがあった。
私はできるだけ冷静に言った。
「無理。あの家は祖母が守ってきた場所だし、庭に家を建てるつもりはない」
「え、なんで? 家族じゃん」
「家族でも、境界はあるよ。相続したのは私。勝手に決めないで」
夫の表情が一瞬だけ硬くなり、すぐに不満げな笑みに変わった。
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