夕暮れどき、商店街の端にある小さな豆腐屋「佐久間豆腐店」は、暖簾こそ出ているものの客足はまばらだった。ガラス越しに見える木枠のケースも、以前ほど白い豆腐で埋まっていない。店主の佐久間 恒一、六十七歳。職人気質で口数は少ないが、豆腐だけは手を抜かない男だった。
「もう、潮時かもしれん」
そう独りごちた矢先、戸がきしみ、背の低い少女が店に入ってきた。
年の頃は十四。左腕がない。袖は丁寧に縫い止められ、肩から先が軽く空を切る。だが、視線はまっすぐで、怯えも媚びもない。
「働かせてください」
唐突な言葉に、佐久間は思わず手を止めた。
「……うちは今、廃業寸前だ。給料も出せん」
少女は一歩も引かない。声は小さいのに芯があった。
「日給百円でいいです。掃除でも、配達でも。できることなら何でもします」
百円。今どき駄菓子の買い物にも足りない額だ。そこまで言う理由があるはずだった。佐久間は、少女の肩口に視線を落とし、次に顔を見た。震えていない。泣きそうにもない。ただ、必死だった。
「名前は」
「千紗です。千紗・山岡」
佐久間は、短く息を吐いた。店の帳場には、未払いの請求書が積み上がっている。
それでも目の前の少女を追い返す気には、どうしてもなれなかった。
「百円なんぞ、俺が許さん」
少女が目を見開く。
「正社員として雇う。月給二十万円だ。嫌なら帰れ」
千紗の唇が動く。反論か、涙か、どちらかだと思った。だが、出てきた言葉は意外にも整然としていた。
「……ありがとうございます。必ず、役に立ちます」
翌日から千紗は働き始めた。
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