会議室の空気は、最初から冷たかった。
海外役員も出席する社内プレゼン発表会。
壇上の進行役、柏木翼がマイクを握り、薄い笑みを浮かべて言った。
「では次に……庶務の安藤澄子さん。英語で何か言ってみる?」
その瞬間、会場のあちこちから「クスクス」と失笑が漏れた。
まるで“笑っていい時間”が始まったかのように。
安藤澄子、七十一歳。派遣の庶務係。
この大手商社の中で、彼女は“空気”に近い存在だった。
エレベーターで挨拶しても、若い社員はスマホから目を上げない。
コピー機の列に並べば、後から来た正社員が当たり前のように割り込む。
「すみません、急ぎなので」
そう言われるたび、澄子は静かに一歩下がり、微笑んで待った。
怒りも、愚痴も、表には出さない。
その落ち着きだけが、むしろ異様だった。
唯一、澄子を“人として”扱う若手がいた。
後方部の真島みゆ、二十六歳。
毎朝お茶を用意してくれる澄子に、みゆだけは必ず言った。
「安藤さん、いつもありがとうございます」
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=YPHpfsBKYfo,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]