俺が高校三年生の春、母ちゃんが作ってくれた弁当の味を、今でも鮮明に覚えている。
毎朝、まだ外が薄暗いうちから台所に立つ母ちゃんの姿。包丁の音、卵を焼く香り、湯気の立つ味噌汁の匂い。それは、俺にとって当たり前の日常だった。
「また同じような弁当かよ」
思春期だった俺は、そんな心ない言葉を何度も母ちゃんに投げていた。
茶色いおかずが多い弁当。
特別高級な食材が入っているわけでもない。友達の弁当には冷凍食品や見た目の華やかな料理が並んでいて、俺は少し恥ずかしく感じていた。
「たまにはもっと違うもの入れてくれよ」
そう言った時、母ちゃんは少し寂しそうに笑った。
「ごめんね。でも、あんたが好きなものを考えて作ってるんだよ」
その時の俺には、その言葉の意味が分からなかった。
母ちゃんにとって弁当作りは、ただ料理を詰める作業ではなかった。毎日忙しい家事の合間に、俺の健康を考え、学校で頑張れるように願いを込めて作ってくれていたのだ。
でも俺は、その大切な気持ちに気づこうともしなかった。
高校最後の冬、母ちゃんの体調が少しずつ悪くなっていた。
「最近、疲れやすいだけだから大丈夫」
母ちゃんはいつもそう言って笑っていた。
病院に行くことを勧めても、「心配しすぎだよ」と軽く流していた。
しかし、ある日、母ちゃんは突然倒れた。
検査の結果、重い病気が見つかった。
家族に告げられた現実は、あまりにも残酷だった。
治療が始まり、母ちゃんは以前のように家事をすることが難しくなった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=QRET0oZuBhM,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]