今朝、私は本気で「終わった」と思った。
幼稚園へ向かういつもの道。信号を越えた瞬間、前方で木がゆっくり傾いた。次の瞬間、ドンという重い音。電灯が引き倒され、電線が地面に叩きつけられて火花が散った。
反射的にブレーキを踏んだ。後部座席の息子が泣く。前の車は木の下敷きになり、運転していたおじさんは首を押さえていた。私はハンドルを握ったまま震えが止まらなかった。
怖かった。ただ「怖かった」と誰かに言いたかった。
同じ道を通勤で通る夫に電話した。
「木が倒れて、電線も…すごく怖かった。気をつけてね」
返ってきたのは、ため息混じりの声。
「へえ。今忙しいんだけど。切っていい?」
ああ、そうなんだ。
私はさっき命の近くにいたけど、それは“話題にするほどのこと”じゃないらしい。
怒鳴る気にもなれず、私はSNSに一行だけ書いた。
「おい、木。旦那の車は赤だ。頼むぞ。」
コメント欄が爆発した。
「木、ターゲット確認。赤な。」
「電灯、バックアップ頼む!」
「一発勝負だ、集中しろ!」
黒い冗談が次々並び、なぜか少しだけ呼吸が楽になった。
夜、夫が真顔で言った。
「…あの投稿、やばくない?」
私は笑って答えた。
「大丈夫。私は何もしてないよ。あなたの“態度”を翻訳しただけ。」
彼は言葉を失った。
私は気づいた。
欲しかったのは心配でも正論でもなく、ただ「怖かったね」の一言だったんだと。
木も電灯も、誰も動かなかった。
でも今日、動いたものが一つある。
私の気持ちだ。
もう、伝わらない相手に必死で伝えようとは思わない。
あなたなら、あの電話、どう返しますか?
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