娘が五歳になってからというもの、私は「母親」という役割を背負うだけで精一杯だった。けれど、その夜の腹痛は、いつもの疲れや寝不足とは質が違った。胃の奥がねじれるように痛み、立ち上がろうとすると視界が白く滲む。私はソファの端で呼吸を整えながら、娘の小さな手だけを握っていた。
「ママ、お腹痛いの? 大丈夫?」
涙をこらえた声で娘が尋ねる。私は笑顔を作るのが遅れた。娘はすぐに異変を察し、リビングの電話に飛びついた。夫に繋がるはずの番号を、何度も押し間違えながら。
「パパ! ママがお腹痛いって! パパ、ママを助けて!」
スピーカー越しの夫の声は、酔いが混じって薄っぺらかった。
『飲んでるから適当にしてw 救急車とか大げさだろ』
娘は一瞬、言葉を失い、すぐに声を張り上げた。
「適当ってなに!? ママ、泣きそうだよ!」
『だからさ、寝てりゃ治るって。じゃ、切るわ』
通話が切れた。娘は受話器を握ったまま固まり、次の瞬間、私の胸に飛び込んできた。
「ママ、パパ…パパ、来ないの?」
私は「大丈夫」と言いかけ、言葉を飲み込んだ。大丈夫ではなかったからだ。救急車を呼ぶ気力すら削られていくのが分かった。
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