その光景を見た瞬間、私は少し言葉を失った。
南海電車の関西空港行き。
車内は旅行へ向かう人たちで混雑していた。
その中で目に入ったのは、大きなスーツケースの数々だった。
黒いキャリーケース。
ピンク色の旅行バッグ。
大型の荷物がいくつも並んでいる。
「海外旅行かな」
最初はそう思った。
旅行前の楽しそうな雰囲気。
家族で移動する大変さ。
小さな子どもを連れての移動が簡単ではないこと。
私は十分理解しているつもりだった。
しかし、少し時間が経つと気になることがあった。
荷物が置かれていた場所。
それは車内の扉付近だった。
大きなスーツケースが並び、一部のスペースを塞いでいる。
乗り降りする人が通る場所。
もし急に人が降りることになったら。
もし車内で何かあったら。
そう考えると、不安になった。
もちろん、旅行者を責めたいわけではない。
関西空港へ向かう電車なら、大きな荷物を持った人が多いのは当然だ。
特に子連れ旅行。
荷物も増える。
移動だけでも大変だ。
親御さんが必死に子どもの面倒を見ながら移動している姿を見ることもある。
だから、
「荷物を持つな」
と言いたいわけではない。
でも、公共交通機関には多くの人が乗っている。
高齢者。
体の不自由な人。
大きな荷物を持つ人。
小さな子ども連れ。
それぞれ事情がある。
だからこそ、少しだけ周囲を見る気持ちが必要なのではないかと思った。
私が気になったのは、荷物そのものではなかった。
「置く場所」
だった。
少し端に寄せる。
人が通れるスペースを作る。
混雑時だけでも配慮する。
それだけで印象は大きく変わる。
その場では誰も大きな声で注意しなかった。
みんな黙って避けていた。
でも、避ける側にも負担はある。
「旅行だから仕方ない」
「荷物が多いから仕方ない」
そうやって誰かが我慢し続けると、少しずつ不満が積み重なってしまう。
後日、この写真を見返して思った。
公共の場所では、
「自分が困っている」
だけではなく、
「周りの人はどう感じるか」
を考えることも大切なのだと。
旅行は楽しいもの。
海外へ向かうワクワクした気持ちも分かる。
でも、その楽しさを周りの人も同じように感じられるようにするには、小さな気遣いが必要だ。
電車は誰か1人のためだけの空間ではない。
大きな荷物を持つ人も。
仕事へ向かう人も。
買い物帰りの人も。
みんなが利用する場所。
だからこそ、
「少しだけ譲り合う」
その気持ちがあれば、同じ車内でも空気は変わる。
あの日の南海電車で感じた違和感は、
荷物の大きさではなく、
周囲への配慮が見えなかった瞬間だった。