安達結希さんが行方不明になってから優季容疑者が逮捕されるまでの二十五日間には、後から振り返れば見過ごせない“違和感”が幾重にも積み重なっていた。中でも、捜査歴四十二年の元刑事が強く引っかかったのは、「本来の遺族ならあり得ない光景」が、あまりにも早い段階から現れていたことだった。
最初の異変は、行方不明発覚から間もない三月二十五日。
府警が情報提供を呼びかけた際、父親による通報内容について詳細を明かさなかったのである。元刑事によれば、通常であれば「いつ、誰から、どのような通報があったか」は、捜索協力を求めるうえで大きく伏せる類いの情報ではない。にもかかわらず差し控えられた。その時点で、警察はすでに第三者の関与、あるいは父親自身が何らかの事情を知っている可能性まで視野に入れていたのではないか――そんな見方が自然に浮かび上がる。
実際、地域では結希さんの失踪が大きく報じられる前から、警察車両や消防車両が異例の規模で動いていたという証言が相次いでいた。焼却炉周辺の捜索、学校近辺の確認、防犯カメラの洗い出し。
しかも、父親が「学校まで送った」と説明していたにもかかわらず、結希さんが校舎へ向かう姿はカメラに映っていなかった。朝食までは生存が確認されている一方、実際に車に乗っていたかどうかについては警察が明言を避けた点も、不自然さに拍車をかけた。
さらに七日目、通学用リュックが発見された場所も不可解だった。学校から約三キロ、自宅から約九キロ離れた峠道。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=t-sSCdJ3rbc,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]