高層ビルが一つもない。広がるのは、瓦屋根と木造の一軒家ばかり。その真ん中に、まるで空を突き抜けるようにそびえ立つ赤い塔。
そう、東京タワーだ。
この写真を見た瞬間、思わずため息が出た。まるで“昭和という時代”の鼓動が、そのまま一枚に閉じ込められているようだ。
コメントには、当時を知る人たちの声が並ぶ。
「オレが生まれた年だよ! 東京タワー、きっととんでもなく高く見えただろうなぁ」「昭和33年に完成したから、この写真はその2年後くらいですね」「これから高度成長が始まる。まさに希望の時代。」
その言葉の一つひとつが、まるで“過去の証言”のように響く。
いまの東京を知っている人なら、きっと信じられないだろう。この光景が、わずか60年ほど前の姿だなんて。
当時の東京には、まだ“静けさ”があった。洗濯物を干す音、子どもの笑い声、石畳を歩く下駄の音。遠くから聞こえてくる都電のチンチンという鈴のような音が、街のリズムを作っていた。
その中で東京タワーは、“未来”そのものだった。
あの鉄塔の赤は、希望の赤。夜になると灯る光は、「日本もここから変わるんだ」という予感だった。
あるコメントには、こんな言葉もあった。
「ここまでで留めておけば良かったのよ。
」
高度経済成長を経て、東京は便利になった。摩天楼が並び、光が街を覆い、どんな夜でも眠らない都市になった。
けれど同時に、この写真の中にある“穏やかな風景”は、どこかへ消えてしまった。
今ではもう見上げても、東京タワーの全景を一枚に収めることは難しい。周りを囲むビルの壁が、空を切り取ってしまうからだ。
でも、この写真にはまだ“空”がある。
塔の先端まで、雲ひとつない青空が続いている。
それを見ていると、不思議と胸が温かくなる。どんなに時代が進んでも、私たちの原風景は、きっとこういう風景の中にあるのだと思う。
「サザエさんの時代」と誰かが言っていた。そう、まさにそれだ。洗濯物が風に揺れ、夕方になると味噌汁の匂いが漂う。そんな“普通の幸せ”が、確かにここにあった。
そしていまも——東京タワーの足元には、当時を知る風がまだ少しだけ吹いている気がする。