娘の小学校が同じ――それだけの縁で、私には「ママ友」と呼ばれる人たちができた。誰もが当たり障りのない笑顔を貼りつけ、子どもの話題と天気の話を往復する。そこに、ひときわ眩しいアクセサリーと香水の気配をまとって現れたのが、由里子だった。
「聞いて聞いて〜、うちね、駅前のタワマンに引っ越したの。最上階じゃないけど、眺めが最高でさ」
彼女はそう言って、何度もスマートフォンの写真を見せた。ガラス張りのリビング、夜景、コンシェルジュカウンター。周囲が「すごい」と声を上げるたび、由里子の笑みは少しずつ濃くなる。
私は、その輪の外側で静かに相槌を打っていた。別に羨ましいとも思わない。ただ、娘の手を引いて帰る日常が、私には十分だったからだ。
私は母子家庭だ。離婚理由をここで語るつもりはない。必要なのは、娘が安心して眠れる家と、明日の給食袋を忘れないこと。それだけ。けれど由里子は、その「それだけ」を、ことさらに“足りないもの”として扱いたがった。
きっかけは、参観日の帰りだった。校門前で数人が立ち話をしていると、由里子が私の方に小さく顎を上げた。
「そういえばさ、母子家庭って大変だよね〜。ほら、経済的にも。貧乏でかわいそうw」
笑いながら言う声が、妙に乾いていた。周囲が一瞬固まり、誰かが曖昧に咳払いをする。私は娘の耳元に「先に車で待ってて」と囁き、送り出した。娘の背中が角を曲がって見えなくなったところで、私はゆっくり由里子へ向き直った。
怒鳴り返すつもりはなかった。
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