私がカテーテルに頼って生活していることを、あの家でまともに理解していた者は一人もいなかったのかもしれません。夫は「大げさだ」と笑い、連れ子は私の背中越しに、獲物を見つけたような目をしていました。
出発の前夜でした。洗面台の横に置いていた予備のカテーテルが、不自然に軽い。引き出しを開けると、細かく刻まれた透明な管が散らばり、刃物の跡だけがやけに鮮明でした。
背後で、連れ子が肩を揺らして言いました。
「母親ヅラ、キモいんだよw」
夫はそれを咎めるどころか、旅行鞄のファスナーを閉めながら「まあ、また買えばいいだろ」と言い放ったのです。
その瞬間、私は理解しました。ここでは、私の体は“都合の悪い道具”でしかない、と。痛みと恐怖で手が震え、呼吸が浅くなる。夜が明ける頃には、耐え切れず救急車を呼んでいました。医師は私の状態を見て、淡々と告げました。「感染の疑いがあります。カテーテルの破損は重大です」。私は涙を拭い、スマートフォンに残っていた刻まれた管の写真、夫と連れ子の言葉の録音、診断書の手配――できる限りの証拠を集めました。
七日間。点滴の落ちる音だけが時間を刻む病室で、私は何度も考えました。怒りで視界が白くなるたび、同時に冷えていくのです。感情で殴り返しても、また踏みにじられるだけだと。
そして七日後。旅から戻った二人は、玄関に入った瞬間に顔をしかめたそうです。むわりと刺すような悪臭。連れ子は鼻を押さえ、「なにこれ、最悪」と舌打ちしながら、私の部屋の前に立ちました。
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