妹の結婚式当日、会場のロビーに足を踏み入れた瞬間、私は背筋を正しました。真新しい花の香りとシャンパンの甘い匂い。祝福の空気の中で、車椅子の夫――健太は静かに私の隣にいました。事故以来、長時間の移動は負担が大きい。それでも「君の妹さんの晴れ舞台だろ。行こう」と言い切った彼の言葉を、私は忘れられません。
受付を済ませ、親族控室へ向かう廊下で、視線が刺さるのを感じました。
好奇の目は慣れているつもりでも、祝いの席ほど残酷なものはありません。私が健太の車椅子を押し、扉を開けたその時でした。
「……あら、みっともないw 誰が呼んだの?」
嘲るような声。振り向くと、新郎の母親――涼子さんが腕を組み、品定めするように健太を見下ろしていました。口元には薄い笑み。周囲の空気が一気に冷え、私の手は震えました。妹の結婚式を壊したくない。そう思うほど、言葉が喉の奥で固まります。
けれど健太は、何も言い返しませんでした。目を伏せ、ただ私の指先にそっと触れる。私が怒りで動けなくなるのを、黙って止めるように。
次の瞬間、廊下の奥から足音が早まって近づいてきました。「母さん、何を言ってるんだ」新郎の翔太さんでした。
タキシード姿の彼は、普段の穏やかな雰囲気を失い、目の奥が燃えるように赤くなっていました。
「だって、式に車椅子なんて……縁起でもない。みんなの目が――」
涼子さんが言い訳を重ねるのを、翔太さんは最後まで聞きませんでした。私と健太の前に立ち、母親に向かってはっきりと言い切ったのです。
「縁起が悪い? 車椅子がみっともない? じゃあ母さんは、あの時のことを忘れたのか」
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