夫が本社へ異動になったのは、つい先月のことでした。二十歳年上で中卒――外から見れば“学歴のない年配社員”に映るのかもしれません。でも私は知っています。夫は現場一筋で積み上げてきた人で、数字よりも「人と仕組み」を動かせる人でした。だから本社異動も、単なる栄転ではなく「今の会社に必要な修復役」としての抜擢だったのです。
そんな矢先、息子のPTAで役員の顔合わせがありました。
体育館の片隅、名刺交換の輪の中で、部長夫人と呼ばれる女性が近づいてきて、にこやかに笑ったまま言いました。
「あんたの旦那さん、本社に来たんですって?でもね、あんたの旦那みたいな低学歴の老害は、夫の会社には不要よw」
周囲が一瞬固まりました。
“w”の軽さが、言葉の毒を薄めるどころか、むしろ侮辱を際立たせる。私は息を吸い、笑顔も作らず、はっきり返しました。
「は? うちの夫の会社ですがw」
部長夫人の表情が止まりました。口元だけが微妙に開き、目が泳ぎます。
「……え?」
私は丁寧な口調を保ったまま、事実だけを並べました。
「夫は中卒です。でもこの会社の創業メンバーです。工場立ち上げも、現場の品質改善も、取引先の信用回復も、夫が全部やってきました。社名が変わったあとも、株式の一部は夫名義のまま。——つまり“夫の会社”というのは比喩ではなく、文字通りの話です」
部長夫人の頬が引きつり、隣にいた役員の奥様が息を呑みました。体育館のざわめきが、急に遠くなる。
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