夕方の混雑した路線バス。立ち席の乗客が揺れる車内で、私は吊り革につかまりながら必死にバランスを取っていた。右足には長年の持病があり、長時間立っていると鋭い痛みが走る。それでも、周囲に迷惑をかけまいと、これまではなるべく我慢してきた。
しかしその日は違った。発車と停止を繰り返すたびに、足に力が入らなくなっていく。私は前方に見える優先座席に目を向けた。
そこには、楽しそうに会話を弾ませる女子高校生が二人並んで座っていた。
意を決して、私は静かに声をかけた。
「すみません、足が悪いので……席を譲っていただけませんか?」
車内のざわめきの中、私の声は決して大きくはなかったが、二人にはしっかり届いたはずだった。ところが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「なんであたし達が席譲んないといけないわけ?」
一人が眉をひそめ、もう一人は小さく笑う。その視線には、明らかな拒絶と苛立ちが混じっていた。
「優先座席って言っても、別に空いてる人が座るんでしょ? あたし達だって疲れてるし。」
その言葉に、車内の空気が一瞬凍りついた。近くに立っていた母が、私の様子を見て前に出る。
「この子は本当に足が悪いんです。」
母は落ち着いた口調でそう言うと、バッグから障害者手帳を取り出し、二人に見せた。青い表紙の手帳は、決して軽いものではない現実を物語っている。
それでも女子高校生は顔をしかめたままだった。
「それ、本物かどうかなんて分かんないし。」
信じがたい一言だった。周囲の乗客の間にざわめきが広がる。誰かが小さく舌打ちをした音が聞こえた。
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