結婚式の前日、私は兄から「明日は頼むな」と短く連絡を受けた。兄は昔から寡黙で、必要なことしか言わない。だが、その声にはどこか硬いものが混じっていた。胸の奥に小さな不安が灯ったものの、私は「大丈夫」と自分に言い聞かせ、式服のシワを伸ばして早めに眠りについた。
ところが、その夜遅く――知らない番号からメッセージが届いた。
「明日、式に来るつもり?貧乏人は来るなw 恥かくよ?」
送り主は、兄の婚約者、つまり明日から“兄嫁”になるはずの女性だった。普段のやり取りはほとんどなく、会えば礼儀正しく微笑む人だと思っていた。画面の軽薄な“w”が、胸を冷たく刺した。
私はすぐに返信しなかった。怒りで指が震えたからではない。逆だった。妙に冷静になった。誰かが結婚式の前日に、しかも身内に対してこんな言葉を吐く理由があるとすれば、それは「私を排除したい」以上に、もっと根深い何かがある。
母に相談するべきか迷ったが、明日が式当日だ。騒ぎ立てれば、兄の顔に泥を塗ることになるかもしれない。私は深呼吸し、短く返した。
「承知しました。明日は参列します」
それだけ送って、スマホを伏せた。
眠れないまま夜が明けた。
式当日。会場は市内でも評判のホテルで、白い花とシャンデリアが眩しかった。受付の周辺にはブランド物のバッグや高級時計が並び、見慣れない香水の匂いが漂う。確かに、私の家庭は裕福ではない。父は早くに亡くなり、母と兄と私で慎ましく暮らしてきた。兄は奨学金を抱えながら働き、家計を支え、私の学費も工面してくれた。
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