父が亡くなったのは、梅雨の気配が街を覆い始めた頃だった。長い闘病の末、五十六歳というあまりにも早すぎる別れだった。病室で最後に見た父の顔は、苦しみからようやく解放されたように穏やかで、その静けさがかえって現実の残酷さを際立たせていた。私はその横顔を見つめながら、もう二度と「おかえり」と言ってくれる人はいないのだと、胸の奥にぽっかりと穴が開くような感覚を覚えていた。
通夜と葬儀の準備は、悲しみに浸る暇もないほど慌ただしかった。親族や近所の人々、父の仕事関係の知人まで、次々と弔問に訪れ、父がどれほど多くの人に慕われていたかを改めて思い知らされた。祭壇には父の好きだった白菊が並び、遺影の中の父は、生前と変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。その笑顔を見るたび、涙は何度でもこみ上げた。
そんな大切な場に、義母は姿を見せなかった。
体調が悪いのか、あるいは何か事情があるのかと、最初は誰もが気を遣っていた。だが、これまでの義母の言動を知る私にとって、その不在は不吉な予感しか呼び起こさなかった。義母は昔から、自分が常に中心でなければ気が済まない人だった。
誰かが弱っている時でさえ、労わるどころか自分の都合を優先し、それを当然のように押し通す。父の入院中ですら、「病院ばかり行って家のことが疎かになる」と平然と言い放ったことがある。その冷たさを思い出すたび、私は言葉を失ってきた。
葬儀が進み、読経が静かに会場に響く中、私の携帯電話が震えた。見ると、義母からだった。嫌な予感はしたが、無視するわけにもいかず、会場の隅で小さく応答した。
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