夕方の幹線道路は、いつにも増して混んでいた。
信号待ちの列に並びながら、俺はハンドルに軽く手を置いて前方を眺めていた。少し先の交差点では右折車が詰まり、前の車もじりじりと進んでは止まりを繰り返している。ごくありふれた渋滞の光景だった。だからこそ、その直後に起きた出来事はあまりにも唐突だった。
前の車が、いきなり急バックしてきたのだ。
「――は?」
思わず声が漏れた次の瞬間、鈍い衝撃が車体を揺らした。ドン、と重く響く音。シートベルトが胸に食い込み、俺の体がわずかに前後へ揺れる。クラクションを鳴らす暇すらなかった。完全に予想外の後退だった。
慌ててサイドブレーキを確認し、ハザードを点けて車を降りる。前の車から出てきたのは、派手な服装をした若い男だった。年齢は三十前後だろうか。髪を明るく染め、口元には薄い笑みが浮かんでいる。その態度は、事故を起こした人間のものとは到底思えなかった。
「すいませんw」
軽い。あまりにも軽かった。
まるでコンビニで人と肩がぶつかった程度の調子で謝られ、俺は一瞬言葉を失った。こちらのバンパーにははっきりと傷が入り、相手の車にも接触跡が残っている。
それなのに、男は悪びれる様子もなく、どこか面白がっているような顔までしていた。
俺は深く息を吸ってから、努めて冷静に答えた。
「とりあえず警察を呼びます」
事故なら、それが当然だった。感情的になるより先に、記録を残すべきだと思ったからだ。ところが、その言葉を聞いた男の表情がぴくりと変わった。次の瞬間、彼は半歩近づいてきて、妙に粘ついた声で言った。
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