53歳になった今でも、あの日のことを思い出すと、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
母が寝たきりになった時、私はまだどこかで思っていた。
「兄弟なんだから、最後は話し合えば何とかなる」
けれど、それは甘すぎる考えだった。
母の介護が始まった瞬間、私たち兄弟の間にあった小さなひびは、一気に大きな亀裂へと変わっていった。
最初は、誰が病院に付き添うかという話だった。
次に、誰が施設を探すか。
そして最後には、誰がいくら払うのか。
母はベッドの上で、何も言えないまま私たちを見ていた。
昔は、私たちがケンカをすると必ず間に入ってくれた母だった。
「兄弟なんだから、仲良くしなさい」
そう言って、困ったように笑っていた母。
その母の前で、私たちはお金のことで声を荒げるようになっていた。
兄は言った。
「俺だって家庭がある。全部こっちに押し付けるなよ」
弟も言った。
「近くに住んでるのは姉さんだろ?だったら姉さんが見るのが普通じゃないの?」
その言葉を聞いた瞬間、私は頭に血がのぼった。
「近いからって、全部私なの?私にも生活があるんだけど」
声が震えていた。
悔しくて、情けなくて、でも一番腹が立ったのは、誰も母を見ていなかったことだった。
みんな、自分の財布と自分の生活だけを守ろうとしていた。
もちろん、私だって偉そうなことは言えない。
私も怖かった。
介護費用がどこまで膨らむのか。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=1WIGJ7qDJYU,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]