父が倒れたのは、夕食の直前だった。
台所から戻ると、父は胸を押さえたまま床に座り込んでいた。
顔色は真っ白。
額には冷たい汗。
呼びかけても、うまく言葉が出てこない。
「胸が……苦しい」
その一言を聞いた瞬間、私は救急車を呼んだ。
病院へ着くまでの時間が、異常に長く感じた。
救急隊員が父へ声をかける。
酸素マスクが装着される。
モニターから電子音が鳴り続ける。
私は車内の隅で、震える手を握りしめていた。
病院へ到着すると、父はそのまま検査室へ運ばれた。
しばらくして、医師が私たち家族を呼んだ。
「心臓の血管に深刻な問題があります」
声は落ち着いていた。
しかし、続く言葉は重かった。
「すぐに手術が必要です。時間を置くのは危険です」
私は迷わなかった。
「お願いします」
費用のことなど、その時は考えられなかった。
父が生きるかどうか。
頭にあったのは、それだけだった。
手術室の扉が閉まった。
赤いランプが点灯した。
私は待合室の椅子に座り、何度も時計を見た。
一時間。
三時間。
五時間。
母は隣で、ずっと手を合わせていた。
私は兄と妹へ連絡した。
「父が緊急手術になった」
妹はすぐに病院へ向かうと返事をくれた。
しかし兄から届いたのは、短い文章だった。
「明日は仕事だから行けない」
その時は、それ以上何も言わなかった。
仕事がある。
遠方にいる。
それぞれ事情はある。
そう思おうとした。
深夜。
ようやく医師が出てきた。
「手術は無事に終わりました」
その言葉を聞いた瞬間、母の体から力が抜けた。
私も初めて、まともに息を吐けた。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください