1974年12月、金沢で消えた11歳の少女――17年後、母に届いた一通の手紙がすべてを変えた
一九七四年十二月、金沢の町は大雪に包まれていた。
終業式を終えた十一歳の少女、水島静音は、いつものように古びた学生鞄を背負い、学校を出た。先生に小さく手を振ったその姿を、誰も最後の別れになるとは思わなかった。
夕方七時になっても、静音は帰ってこなかった。
母の行恵は、玄関先で何度も雪の道を見つめた。
「静音、どこにいるの……」
父の竹宏は「友達の家にでも寄っているんだろう」と言ったが、行恵の胸の奥では、説明のつかない不安が膨らんでいた。
夜になると、町中の人々が懐中電灯を手に捜索を始めた。午前二時、川沿いの泥の中から、静音の鞄が見つかった。中のノートは濡れており、最後のページには、たどたどしい字でこう書かれていた。
「お母さん、今日、私、お母さんに言うことがあるの」
その文字を見た瞬間、行恵は雪の上に崩れ落ちた。
三週間後、川の下流で子どもの遺体が発見された。顔は判別できず、服や体格から静音だと判断された。
しかし、冷たい霊安室で遺体と向き合った行恵は、はっきりと言った。
「違います。この子は、うちの静音ではありません」
周囲は言葉を失った。夫は「しっかりしろ」と怒鳴り、警察も町の人々も、行恵は現実を受け入れられないのだと思った。
葬儀は行われた。けれど行恵は一度も泣かなかった。毎朝、門の前に座り、静音の上着を膝に置いて、道行く人に尋ね続けた。
「静音を見ませんでしたか」
人々は彼女を哀れみ、やがて気味悪がった。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=-etRO7MAsPY&t=4s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]