1993年、高速道路のサービスエリアで跡形もなく消えた妻…17年後、バッグが開かれた瞬間、事態は一変した
「あなた、トイレに行ってきますね」
それが、妻・美希が私に残した最後の言葉だった。
一九九三年十二月。私は四十一歳で、美希と二人、東京から大阪へ向かう高速バスに乗っていた。冬の空気は刺すように冷たく、妻は厚いコートを着て、私が誕生日に贈った青いマフラーを首に巻いていた。
バスが足柄サービスエリアに停車したのは、午後三時頃だった。
「肉まんも買ってこようか」
妻はそう言って、いつものように少し照れた笑顔を見せた。私は「早く戻っておいで」と軽く答えた。まさか、その背中を見送ったのが最後になるとは思わなかった。
十分、十五分、二十分。
他の乗客は次々と戻ってくるのに、美希だけが帰ってこなかった。私は運転手に頼み込んでバスを降り、トイレ、売店、食堂、駐車場、管理事務所まで走り回った。
「青いマフラーをした女性を見ませんでしたか」
何度も同じ質問をした。けれど、誰も妻を見ていないと言った。防犯カメラの映像は不鮮明で、警察も最初こそ捜索してくれたが、一か月が過ぎる頃には「自発的な失踪の可能性が高い」と言い始めた。
私は納得できなかった。
美希は、何も言わず私を捨てるような人ではない。十六年連れ添った妻だ。彼女の笑い方も、怒り方も、我慢するときに指先を握る癖も、私は全部知っているつもりだった。
だが、周囲の目は少しずつ変わっていった。
義妹の花子は「もう諦めてください」と言い、義母までも「娘は自分の意思で去ったのかもしれない」と口にした。
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引用元:https://www.youtube.com/watch?v=Ug0XkCQAK_U&t=9s,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]