1,400万円で家を売ると言う老夫婦の最後のお願い
「美智子さん……上の部屋を買っていただけませんか。1,400万円で」
その言葉を聞いた瞬間、私は耳を疑った。
なぜなら、その部屋の相場は約3,800万円だったからだ。
私は美智子、62歳。夫を先に亡くし、このマンションの二階で一人暮らしを始めてから、もう9年の月日が流れていた。
引っ越してきた当初から、私の真上の部屋には茂さんとふみさんという老夫婦が暮らしていた。
二人とも90歳を超えていたが、年齢を感じさせない穏やかな人たちだった。
親戚でもなければ、特別に深い付き合いがあったわけでもない。
それでも、顔を合わせれば自然に挨拶を交わし、小さな気遣いを受け取る日々が続いていた。
私が重たい荷物を抱えて帰ってきた時、ふみさんは「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。
夏の日、私が水を運んでいると、ふみさんは小さな器に入れた豆菓子を持ってきてくれた。
風邪をひいて寝込んだ時には、玄関のドアノブに一袋のみかんがそっと掛けられていた。
「早く元気になってくださいね」
その優しさは、夫を失った私の孤独な日々を、少しだけ温めてくれていた。
そんなある日のことだった。
突然、茂さんとふみさんが私の部屋を訪ねてきた。
茂さんは書類を手に持ち、いつもより少し緊張した表情をしていた。
「美智子さん、お願いがあります」
私は二人を部屋へ招き入れた。
そして、ふみさんが静かに口を開いた。
「この上の部屋を、美智子さんに買っていただきたいんです」
私は驚きながら尋ねた。
「でも……どうして私に?」
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