認知症になった義母・皐月さんの世話をしていたのは、ほとんど私でした。
夫の誠は実の息子なのに介護にはほとんど関わらず、母親に優しい言葉をかけることさえ少ない人でした。それでも私は、家族なのだからと食事や身の回りのことを手伝い、できる範囲で義母を支えてきました。
やがて義母が亡くなり、私は夫に連絡しました。
返ってきたのは、耳を疑うような言葉でした。
「やった。葬式なんて勝手にしてろよ」
悲しむどころか、夫が気にしていたのは遺産でした。
義母の死後にまとまった財産が入ると思い込み、それを周囲にも話していたようです。さらに、その金を当てにして借金までしていました。
私は1人でも義母をきちんと送りたくて、葬儀の準備を進めました。
そんな中、佐藤と名乗る弁護士から連絡がありました。
「皐月様から遺言書をお預かりしております」
それを知った夫は、ようやく姿を見せました。
当然、自分が実の息子なのだから財産は自分に入る。そう思っていたのでしょう。
ところが佐藤先生は、遺言書と一緒に1通の書類を出しました。
義母が遺言を作成した当時、意思能力があったことを示す医師の診断書でした。
認知症だったから遺言は無効だ――夫がそう言い逃れする可能性まで、義母は考えていたのです。
そして遺言書が開かれました。
そこには、義母の財産を私・緑子に相続させるという内容が記されていました。
夫は声を荒らげました。
「俺は実の息子だぞ。なんで外から来た人間が全部もらうんだ!」
けれど弁護士は冷静でした。
義母は、息子が自分をどう扱ってきたかを知っていました。
同時に、血のつながりもない私が介護を続けていたことにも、ずっと感謝していたそうです。
さらに義母は、夫の女性関係についても調べていました。
家庭を顧みず、別の女性と過ごしていたこと。その相手にも金に関する思惑があったこと。そうした事実を知ったうえで、義母は自分の財産を誰に託すのか決めていたのです。
夫は遺産を当てにしていた分だけ、追い詰められていきました。
期待していた金は入らず、借金だけが残る。
私は義母の財産を手にしたことより、最後まで私のことを見ていてくれたことのほうが嬉しかった。
認知症になっても、義母はすべてを失っていたわけではありません。
誰がそばにいてくれたのか。
誰が自分を金としてしか見ていなかったのか。
その答えを、義母は最後に遺言書という形で残していたのです。