「おお、エンジンがかかった……」48歳の徳真は、ハンドルを握りながら小さくつぶやいた。「よし、今日から俺はこのキャンピングカーで暮らしていくぞ」半年前、彼は大きな決断をした。普通の会社員生活を離れ、100万円で購入した中古キャンピングカーを家にして、車中泊をしながら生きていく道を選んだのだ。現在の収入は、ネットライターの仕事と会社員時代に貯めたわずかな貯金。決して裕福な生活ではない。それでも徳真は、この小さな車の中に、自分だけの自由な空間を見つけていた。朝、目を覚ます。「よく寝たな……まさか本当に車の中で熟睡できるとは思わなかった」最初は不安だった車内での睡眠。しかし数か月も続けていると、すっかり慣れてしまった。彼にとって、このキャンピングカーは単なる移動手段ではない。今では「家」そのものだった。朝食ももちろん車内で作る。この日は鮭を焼くことにした。「車の中で魚を焼くと匂いが心配だけど、換気をすれば何とかなるな」小さなIHコンロを使い、慎重に調理を始める。車内にはキッチン設備があり、水道も冷蔵庫も電子レンジも備えられている。料理が完成すると、折りたたみ式のテーブルを広げる。「やっぱり自分で作った飯はうまいな」ビールを片手に食事を楽しむ時間。それは、以前の会社員生活では味わえなかった特別な瞬間だった。徳真がキャンピングカーに強く惹かれた理由は、単なる旅行好きだったからではない。幼い頃、彼は大家族の三男として育った。兄弟が多く、自分だけの部屋を持つことは一度もなかった。家ではみんなで川の字になって寝る生活。「狭いな……いつか自分だけの場所が欲しい」そう思い続けていた。大人になってからも状況は変わらなかった。兄弟たちは社会人になっても実家を離れず、徳真自身もその環境に居続けていた。家族仲は悪くなかった。むしろ居心地が良かった。しかし心のどこかには、ずっと「自分だけの空間が欲しい」という思いがあった。そんな時、偶然訪れたショッピングモールで運命の出会いがあった。中古車販売店の展示会に置かれていた一台のキャンピングカー。「え……この車、こんなに綺麗なのに100万円?」徳真は驚いた。キャンピングカーといえば、新車なら1000万円近くするものも珍しくない。それが13年落ちとはいえ、10分の1ほどの価格で売られていた。迷った末、彼は貯金をほぼ使い、この車を購入した。そのキャンピングカーは決して大型ではない。しかし作りは頑丈だった。ディーゼルエンジンを搭載しており、燃費も悪くない。車内にはキッチン、水回り、冷蔵庫、電子レンジまで完備されている。さらにトイレとシャワーも付いていた。ただし、実際の生活では工夫も必要だった。「シャワーを使うと水がすぐ減るから、普段は公共施設の風呂を利用している」トイレも掃除や管理の手間を考え、携帯トイレを使うことが多い。キャンピングカー生活は、何でも自由というわけではない。それでも徳真が一番気に入っているのは「どこでも自分の家になる」という感覚だった。仕事が終われば、車内でゆっくり過ごせる。映画を見る日もある。何もしないで一日中車内でゴロゴロすることもある。「家に帰ったような安心感があるんだ」しかし、夢のような生活にも現実的な問題はあった。まず、維持費だ。自動車税、保険、タイヤ交換、メンテナンス費用。年間で20万円ほどかかることも珍しくない。「思った以上に金が出ていくな……」さらにキャンピングカー特有の悩みもある。車体が大きいため、横風の影響を強く受ける。高速道路を走行中、突然強い風が吹いた。「ハンドルが取られる……大丈夫か?」次の瞬間、車体が大きく揺れた。そして――。キャンピングカーは横風にあおられ、横転した。幸い徳真自身に大きな怪我はなかった。しかし、愛車は大きなダメージを受けた。修理費の問題が彼を苦しめる。「車両保険があっても、全部は出ないのか……」修理費だけでなく、古い車体には別の問題も見つかった。タイミングベルトの交換。バッテリーの寿命。オイル漏れ。事故部分以外にも、直さなければ危険な箇所が次々と発覚した。「この生活、本当に続けられるのか……」一度は迷った。狭い実家に戻れば、生活費は抑えられる。しかし、そこには自分だけの居場所はなかった。車内で過ごした自由な時間を知ってしまった徳真には、以前の生活に戻ることが苦しかった。悩んだ末、彼は決断する。「この車を直そう」修理費は約80万円。貯金は大きく減る。それでも後悔はなかった。このキャンピングカーは、ただの中古車ではない。半年間、一緒に旅をしてきた大切な相棒だったからだ。修理期間中、徳真は実家に戻り、短期の派遣仕事を始めた。生活費を家に入れながら、少しずつ貯金も回復させた。そして数か月後。「やっと戻ってきたな」修理を終えたキャンピングカーを見た瞬間、徳真は笑顔になった。一時は新車購入も考えた。しかし、どれだけ性能が良くても、この車以上の愛着を持てる気がしなかった。「やっぱり俺は、この車と一緒に旅をしたい」再び始まる車中泊生活。今度は南へ向かう旅を計画している。もちろんキャンピングカー生活は簡単ではない。維持費もかかる。故障の不安もある。天候による危険もある。しかし、それ以上に大きな魅力がある。自分だけの家を持ち、好きな場所へ行き、好きな時間に食事を作り、好きな景色を眺める自由。近年、日本でも車中泊を楽しむ人は増えている。「大きな家を持つことだけが幸せではない」徳真はそう感じている。100万円で手に入れた中古キャンピングカー。それは彼にとって、ただの車ではなく、人生をもう一度楽しむための大切な相棒なのだ。