ドラマや映画で圧倒的な存在感を放ち、今や日本を代表する女優の一人となった米倉涼子さん。堂々とした立ち姿、迷いのないセリフ回し、そしてサバサバとした印象から、昔から自信に満ちた人物だったと思われがちです。しかし、その歩みをたどっていくと、世間のイメージとは少し違う、意外な素顔が見えてきます。米倉涼子さんは1975年8月1日、神奈川県横浜市で生まれました。身長168cm、血液型はB型。家族構成は両親と弟の4人家族です。「涼子」という名前は、真夏の暑い時期に生まれたことから、少しでも涼しげな名前にしたいという思いで付けられたといわれています。父親は大学時代にゴルフ部で活躍したスポーツマンで、東京都内のホテルに勤務していたそうです。残念ながら2005年に他界されています。一方、母親は英語教師だったとされ、米倉さんは幼い頃から英語に触れる環境で育ちました。弟さんは有名スポーツ用品メーカーに勤務しているともいわれています。さらに注目されるのが、米倉さんの幼少期です。5歳からクラシックバレエを始め、なんと15年間も打ち込んでいました。バレエは費用も時間もかかる習い事として知られていますが、米倉さんは本格的に練習を重ね、子どもの頃から厳しい世界に身を置いていたのです。出身小学校は横浜市立希望ヶ丘小学校。1982年4月に入学し、1988年3月に卒業しています。後に同校の開校記念イベントで、卒業生代表としてビデオレターに出演したこともあるそうです。現在の華やかな姿からは想像しにくいですが、子どもの頃の米倉さんは意外にもおとなしく、自分に自信がないタイプだったといいます。人見知りも強く、周囲からは小心者だと言われることもあったとか。そんな彼女を支えていたのがバレエでした。小学校3年生の頃から、名門として知られる牧阿佐美バレヱ団のジュニアスクールに通い、その後は谷桃子バレエ団にも通っていたとされています。コンクールにも出場するほどの実力を持っていたというから、当時から努力家だったことが分かります。中学校は横浜市立南希望が丘中学校。1988年4月に入学し、1991年3月に卒業しました。中学時代も生活の中心はバレエでした。毎日のように練習に励み、夏休みに海や山へ遊びに行く経験もほとんどなかったといわれています。中学1年生の頃には、神田うのさんと同じバレエ教室に通っていたこともあったそうです。クラシックバレエの世界は美しく見える一方で、競争も厳しい世界です。その中で米倉さんは、争いを避けるために周囲へ気を使いすぎるようになり、悪いことをしていなくても「すみません」と謝る癖がついてしまったとも語られています。高校は神奈川県立旭高校。偏差値は46前後とされ、米倉さんは1991年4月に入学し、1994年3月に卒業しています。高校時代も変わらずバレエに打ち込んでいましたが、ここで人生を大きく変える出来事が起こります。友人が応募したことをきっかけに「全日本国民的美少女コンテスト」に出場し、審査員特別賞を受賞したのです。この受賞を機に芸能界への道が開かれ、米倉さんはモデル活動を開始しました。その後、人気ファッション誌『CanCam』の専属モデルとなり、長い手足とバレエで鍛えられた抜群のスタイルで注目を集めます。高校卒業後は大学へ進学せず、芸能活動に専念。ユニチカの水着キャンペーンやキリンのキャンペーンガールにも選ばれ、モデルとして順調にキャリアを重ねていきました。しかし、米倉さんの挑戦はそこで終わりません。売れっ子モデルとなった後、女優への転身を宣言します。当時は事務所と「3年以内にドラマの主演を取る」という目標を立てていたそうです。そしてその言葉通り、着実に経験を積み重ね、見事に主演女優の座をつかみ取りました。今では強く、華やかで、揺るがない女性という印象が強い米倉涼子さん。けれど、その裏側には、人見知りで内向的だった少女時代、厳しいバレエの練習に耐えた日々、そして自分を変えようと努力し続けた時間がありました。サバサバしたイメージとは違い、実は繊細で周囲に気を使う性格だったという事実は、多くの人にとって意外かもしれません。だからこそ、彼女の演技には強さだけでなく、どこか人間らしい深みが宿っているのでしょう。