この写真を初めて見た時、時代の空気が一瞬で変わった。
隣り合うのは、作家・三島由紀夫と、歌舞伎界を代表する女形・六代目中村歌右衛門。二人の間に置かれた小さなパンダのぬいぐるみが、この凛とした空気にどこか柔らかい温度を添えている。
三島由紀夫が歌舞伎を愛していたことは有名だ。だが彼が本当に心を奪われたのは、「女形」という存在そのものだった。
それは“男が女を演じる”という単なる芸能ではなく、「性を超えて美を表す」行為。
歌右衛門の舞台に宿るのは、人間の“生と死”“肉体と精神”を越えた、永遠のものだった。
三島は言った。
「女形は、日本がまだ“美”を信じていた最後の時代の象徴だ。」
彼はその信念のもと、『鰯売恋曳網』など、歌右衛門のために新作歌舞伎を書き上げた。伝統と革新、虚構と現実が溶け合うその作品は、今も中村屋が上演し続けている。
三島にとって歌右衛門は、生きる「理想の女性」であり、同時に「絶対の芸術」だった。
だが、写真の中の歌右衛門は、まだ舞台に立つ前の“素”の表情をしている。目元に強さがあり、肩の力が抜けている。化粧も衣装も完璧なのに、どこか「男の顔」が覗く。
コメント欄にもあったように、「まだ役に入っていない」瞬間。
その“中間の時間”が、何よりも貴重だ。女形が“女”になる直前の、一瞬の沈黙。その刹那を撮ったこの写真には、芸の根源が写っている気がする。
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