出発ロビーの電光掲示板に、私たちの便名が点滅していた。搭乗開始まであと三十分。新婚旅行――それも、半年前から二人で選び抜いた海外行きのフライトだ。私の手にはパスポート、夫の手にはスマホ。胸の奥が高鳴り、これから始まる新しい生活を想像していた。
その瞬間、夫の顔色が変わった。スマホの画面を見たまま、眉間に皺を寄せ、息を荒くする。
「……やばい。ママが三十七度の微熱だって」
私は耳を疑った。三十七度。熱があると言えばあるが、救急で駆け込むほどの数字ではない。けれど夫は、私の反応を待たずに結論を言い切った。
「病院に連れて行く。新婚旅行は全部キャンセルだ。今すぐ帰るぞ」
搭乗まで三十分。キャンセル料が発生する時間帯。ホテルも現地ツアーも、事前にまとめて決済している。私は思わず「え?」と声が漏れた。すると夫は苛立ったように私を睨みつけた。
「何その顔。
母さんは体が弱いんだ。もし悪化したらどうする。嫁なら理解しろよ」
胸の奥で、何かが静かに音を立てて崩れた。
“嫁なら理解しろ”――結婚してまだ一週間も経っていない。けれど、その一言で私は悟った。彼の優先順位は、私ではない。いつでも「ママ」が最上位で、私はその下の便利な同伴者に過ぎないのだと。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=CZBCI9A606k,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]