義母が六十五歳で急変したのは、雨の夜だった。
夕食の片付けをしている最中、居間から「うっ…」という呻き声が聞こえ、駆け寄ると義母は胸を押さえ、顔色を失っていた。私は震える指で救急車を呼び、同時に海外出張中の夫へ電話を入れた。
数コールの後、ようやく繋がった。だが返ってきたのは、信じ難い冷たい声だった。
『お前とは1秒も話したくない。くだらないことで邪魔するな』
私は唇を噛み、短く答えた。
「わかった」
『二度と邪魔すんな』
通話は一方的に切れた。
救急隊が到着し、義母は搬送された。医師の説明は緊迫していたが、私は淡々と署名をし、必要な連絡だけを済ませた。――夫には、しなかった。
“話したくない”と言われた以上、こちらから踏み込む理由はない。そう自分に言い聞かせ、連絡を断った。
義母は入院し、やがて退院した。私は必要な手続き、見舞い、介助を一人で続けた。夫からは一通のメッセージもない。既読すら付かない。
そして四十九日が過ぎた。
法要の朝、玄関のチャイムが鳴り、夫が帰国して立っていた。
「…なんで連絡しなかった」
その声は怒りと不安が混じっていた。私は静かに答えた。
「あなたが“1秒も話したくない”と言ったから。私は約束を守っただけ」
夫の顔が歪む。義母は弱々しくもはっきり言った。
「私の急変より、あなたの意地が大事だったのね。嫁に当たる前に、親としての責任を果たしなさい」
夫は言葉を失った。
私は深く一礼し、淡々と告げた。
「二度と邪魔するな、と言ったのはあなたです。なら、今後の私の人生にも踏み込まないでください」
四十九日間の沈黙は、私の覚悟を固めるには十分だった。
引用元:https://www.youtube.com/watch?v=gY_jpoRRibs,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]